読者の感想 NO.12

 「大陸の花嫁」くまなく拝読させて頂きまして、往時をひとつひとつ想起。考えに沈み込んでしまいました。

大変なご苦労の上にお子さまを亡くされた、その痛恨。そこからまた起き上がりこぼうしのように立ち直って幸福を作り出していく、強さ、偉大さ。

よくこのように分かり易く書き残してくださいました。本当にありがとう存じます。大陸から引き揚げた者は等しくこの道を通過して、生き延びてきました。それらの想いは胸の奥深くどっしりと詰まっていて、誰もいない時、あるいは夜のしじまの中で慟哭します。そして独りでその悲しみをこらえ、涙ふくのです。この私たちの悲しみを、中国の罪なき人々にも与えた戦争というもの。人間はどうして戦争を繰り返すのでしょう。  

大陸の 土となりたる  ( はは ) 様に

            会いに来ました 八十路をこえて 

 

 自決せし 大陸の丘  御名 ( みな ) 呼べば

             枯れし骨みな 大声で ( )               

                                 岩崎 スミ

 

 「生かされて・・・」を読みはじめ、迫力ある文章に時の経つのも忘れました。私など想像もつかないような極限の中を生き抜かれ、今、すばらしい境地に到達されている井筒さまは、生まれながらにして、心の中をも、人生をも開拓でき得る聡明なお人であられる、とあちこちの箇所で感じました。そして、恵まれない娘時代にも句作をされ、見事に当選なさる才能に、栴檀の双葉を想像いたします。

 人は誰でも詩人とか、こどもは詩人と申します。そのとおりと思います。私事ですが、私もこどもの頃、青い空を眺め、雲のかたちから想像をふくらませたり、(今も、空の、雲の表情に出会うために出かけます)娘時代には、縋るおもいで短歌を始め、割合長く続けましたが、好きと創作能力はちがうな、と思ったものです。

 わずか5・6歳の頃から草むしりなどの仕事をされ、その間にも(だからこそ)青く広い空を眺め、救われたのでしょう。また、雪の日に出勤して、窓ガラスに自然が作り出したいろいろな幾何学模様に歓声をあげている場面に、和紙を創る越前の人たちは、美しいものを見つけ創る、こころ豊かで鋭敏な(特に井筒さまの娘時代)持ち主と深く感じました。

 私は創りませんが、俳句は興味があり、本文中の「あねいもと帯締め合うや紙祖祭り」は大好きです。「帯締め合うや」で、輝いている時間と場所を想像します。簡単なようで出来ない、中句(というのでしょうか)に俳句のむつかしさと魅力を感じます。

 「万緑」という季語は、中村草田男氏の「万緑の中や吾子の歯生え初むる」を知った20年くらい前に、子育ての大きな喜びがよみがえると同時に、大変感動して以来好きになりました。生きる力が湧きあがるようで。

 井筒さま、どうぞこれからもお健やかに、人生の万緑が続いていかれますように。

 一切のことを、ものを、いただきものと受け取られ、ご縁のあった人達を仏さまの化身とおっしゃる井筒さまこそ、仏さまの化身と存じます。

 井筒さまは、真宗の門徒さまでいらっしゃるかもしれません。私は時折、西本願寺でお聴聞させていただき、先日は小冊子が送られてきましたが、仏教讃歌を作られた大木惇夫氏の詩があり、終わり部分に「さしひきは なしとこたえん なしこそは いともあかるき・・・」とありました。

 井筒さまは、全身で、人生差し引きゼロを確実に実感され、すべてを超えたところにおられる稀有なお方だと、読み終えたあとも敬愛の思いがこころを占めております。

                              静岡県 匿名希望

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