3.−アフガニスタンからの報告−  中村哲さん講演会                               (医師・ぺシャワール会現地代表)    「平和の井戸を掘る」       2001年12月 9日 (於:ノートルダム女子大学 ユニソン会館)                          新谷陽子のページ

 感想

 中村哲さんは、アフガン戦争と内戦の渦中で(本人曰く)運良く難を逃れながら、アフガニスタンとパキスタンの無医村地区に診療所をつくり、17年間にわたって19万人を診療された方です。

 彼の話口調は終始とても温かく、冗談を交えながらも、私がこれまで見たり聞いたりしてきた報道では到底知り得なかった現地の人間の姿や生の声を、とてもリアルに伝えてくださいました。

 中村哲さんの話の中で、特に印象に残った言葉や、彼の目で見たアフガン情勢についてを、講演を聴いた私のメモから、以下に抜き出してみます。

  私はそれほど大きな信念でもって、このような活動をし始めたのではない。ただ一点だけ、「命を大切にする」…これだけの思いで動いてきた。あとは、現地でのいろいろな縁(えにし)によって、これまで生きてきただけです。

  私は「三無主義」を貫いています。つまり「無思想」「無節操」「無駄」・・この三つです。
(そのひとつひとつについてのコメントが面白かったことだけ覚えています)
 
 
「戦争を起こす」方がむしろ簡単なんだ。「平和を守る」事がいかに難しいか…。何故かというと、本当の平和とは、まず自分自身の中の敵対心・偏見などととの戦いから始めなければならないからだ。

 よく日本国内で「一国平和主義ではダメ」という意見を聞くが、自分の国が平和でないのに、他国に出かけてまで「平和」を語れるのか!

 特定のメディアに振り回されないように!例えば「カブール解放の映像」はどのメディアでも大きく報道され、どれもこれも自由になったイメージを強調していたが、嘘八百だ。カブールが解放されて、女性はブルカを脱ぎ、マーケットには野菜が並べられ、男たちは嬉しそうにひげを剃っている…といったいう映像が流れていたが、ニュース解説のやり方次第でガラリと実態は違ったものにされてしまっている。本当はこれからが一番大変だというのに。今や、現地の人々への食料配給は大変困難となり、もはや無秩序と混乱の巷と化していると思われる。

  アフガニスタンの女性のかぶり物(ブルカ)のことを、日本では「女性差別」として廃止するように言う人が多いが、その国の文化を外部の人間が固定するのはおかしい。現地の女性たちの受け止め方は実際はまちまちで、全般的にはむしろ女性の方が保守的で戦闘的なところがあり、男性の方が妥協的だ。ブルカだけで男女差別とは言えないし、外部の人間がとやかく言う問題ではない。自国の中から、ぼちぼち変える必要があれば変えていくはずだ。

 講演を総合して、私の得た一番大きな収穫は、「自分はこれからどう動き、どう生きたらいいのか」ということでした。

 当時、実母と一緒に連名で出す年賀状の文面を考えていて、「戦争の世紀に逆戻りするような世の動きに無力感と脱力感を感じていました。でもやはりこれからも平和を願い戦争のおろかさを語り継いでいくことしかないなあ」といったような気持ちを二人で語りあっていたのですが、この中村氏の講演を聞いて、やはり「それでええんや!」と思いました。

 さらに、この情報化社会の中で、巧みな情報操作やフィクションの中に飲み込まれることなく、何が本当なのかという「自分の目」を持つこと。また、中村氏の話の中で一貫していた「命を大切にする」という一点で皆が一致するよう自分自身も努力をしていくことです。
 
 また中村氏はこんな話もされていました。

 アフガンの人たちは、身の安全と衣食住がなんとか足りているだけで、あとはたとえ裸同然でも、とても純粋な笑顔で幸せそうにしている。全てにおいて満ち足りている日本の人たちの方が暗い顔に見える。それは、あまりにも多くの物を持ち過ぎているための不幸なのだと。多くの物に囲まれ過ぎると、それを今度は守るためにどんどんしんどくなっていくのだ。

 この言葉にはドキッとするほどの「真実」を突きつけられたような思いがしました。これからの私の生活の中でこの言葉は特に温めていきたいと思います。

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