井筒 紀久枝 〔略 年 譜〕       ホームへ                      

○大正10年(1921年) 1月 福井県今立町(現在越前市)に生まれる。

○昭和 8年(1933年) 尋常小学校卒業と同時に製紙工場に就職。紙漉工となる。

○昭和18年(1943年) 当時女子青年団に奨励されていた「大陸の花嫁」に応募。満州(現中国東北部)へと渡る。

○昭和20年(1945年) 終戦、戦後の混乱に巻き込まれ、現地で産んだ長女(清美)とともに死線をさまよう。  

昭和20年(1946年)  母子ともに命からがら引き揚げ、紙漉き工に復帰。

○昭和22年(1947年) 長女清美の死。

昭和23年(1948年)  離婚。句作に専念。紙漉き生活の厳しさを俳句や短歌にし、新聞・ラジオ・雑誌などの俳壇に    手当たり次第投稿。自己流の俳句を俳人飯田旭村氏が「寒雷」へ導いてくださる。詩人則武三雄先生に逢ったのも  この頃。

○昭和28年(1953年)8月 満州時代の友人を頼って単身神戸へ。当時日本銀行の神戸の社宅に住んでおられた金子兜太先生の知遇を得る。金子先生宅での俳句会に参加。そして「寒雷」同人(森澄雄氏・矢島渚夫氏・川崎展宏氏・寺田京子氏・前田正治氏ら)を師として句作に励む。

○昭和29年(1954年)12月 京都へ出て再婚。住宅困難と食糧事情でどん底の生活が始まる。

○昭和30年(1955年)10月 長男郁夫誕生。

○昭和32年(1957年) 4月 長女陽子誕生。以降十年余りの間、育児・家事・内職の和裁に追われ、俳句はおろか読  書もままならない生活苦が続く。

○昭和42年(1967年) パート勤めを始める。

昭和43年(1968年)「宮中歌会始め」詠進歌に入選。これを機に俳句・短歌を再開。

○昭和52年(1977年) 句集「望郷」(北壮文庫)発行。

○平成5年(1993年)3月 これまでの苦難の人生体験を綴った自分史「生かされて生き万緑の中に老ゆ」が「NHK学園三十周年記念自分史文学賞大賞」を受賞。審査委員長の大江健三郎氏の好評を博する。

○平成5年(1993年)8月 自分史「生かされて生き万緑の中に老ゆ」がNHKラジオ深夜便で朗読され、12月には昼のNHKラジオ「私の本棚」で再放送される。

○平成6年(1994年)8月 前年放送された自分史「生かされて生き万緑の中に老ゆ」がラジオ深夜便で再々放送される。

○平成9年(1997年)福井県今立町粟田部「いまだて芸術館」のお釈迦さまの誕生日イベントにて日野直子アナウンサーと対談。以降、お寺や公の場での語り部活動をほそぼそと続ける。

○平成13年(2001年)8月15日 戦争体験記「大陸の花嫁」を自費出版。

○平成16年(2004年)自費出版本に一部加筆して、岩波書店より「大陸の花嫁」(岩波現代文庫版)として出版。

平成17年(2005年)1月 大岡信氏「折々のうた」(朝日新聞連載)に「満州追憶」の一句が掲載。

○平成27年(2015年)  永眠。享年94歳。

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