引揚げ後  十三句

 

紙漉くや 与ふものなき 乳房冷ゆ

紙漉くや 夫(つま)なき乳房 揺れどほし

漉き濡れし 緋のセーターの 双(もろ)の乳房(ちち)

胼(ひび)の手に とるは紙漉く 桁ばかり

春寒の 声を若くし 紙を漉く

 

 

★ 満州引揚げ後も昭和二十八年八月まで、郷里の岡本五箇の岩野製紙の漉子をしておりました。その間に自己流の俳句を始めましたが、これを寒雷へ導いて下さったのは、今なお「水の職場」を詠んでおられる飯田旭村(きょくそん)先生でした。また、則武(のりたけ)先生に初めてお目にかかったのは同二十七年初冬の頃だったと記憶しております。

  しかし、出戻り娘は家にいづらく、満州時代の友を頼って単身神戸へ出ました。そして、金子兜太(とうた)先生に知遇を得たり、また、そのほか多くの俳句仲間たちから励ましを受けました。その方たちは今、寒雷の同人になり立派な先生になっておられます。

 

これがわが家 膝つき濯ぐ 霜の石

眉描いて 霜夜の母へ 口応へ

子の墓に かくれ逢ふ身よ 法師蝉

与ふもの なき唇に 秋の風

背後より 西日きびしき 世評に耐ゆ

街路樹の 萌ゆる深夜を 眠られず

汗の腋毛 見られて婦人服かなし

再婚を せねばならぬ身 銀河澄む

 

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