現地脱出 十句

  

行かねばならず 枯野の墓へ 乳そそぎ

雁去って 曠野(こうや)の墓標 杭ひとつ

荒野泥濘(ぬかるみ) 引きずる足が 身を運ぶ

草虱(くさじらみ) 破れズボンにどっとつき

盗みきし 葱煮る鍋は 鉄かぶと

鉄かぶと  にて野蒜(のびる)炊き 明日あるなり

子を売って 小さき袋に 黍満たし

敗戦の 驢馬(ろば)と霜夜を 温(ぬく)めあふ

馬と寝て 風が眠らせてはくれず

地平線 行っても行っても 枯野原

 

★ 昭和二十一年五月。もう誰も彼も疲れきっていました住む家を焼かれ、すべてを掠奪されてしまった私達は、とうとうここを脱出してチチハルへ向かうことになりました。

 燃えさかる建物を振り返り振り返り、そしてここで死んだ多くの犠牲者達に心を残し、声をあげて泣きながら、ありったけの力をふりしぼって、トボトボと歩き続けたのです。

ホームへ

「望郷」目次へ

次ページへ