一昨日は一人で、ノートルダム女子大学 ユニソン会館へ「中村哲さん
(医師で、ぺシャワール会現地代表)講演会」に行ってきました。中村哲さ
んは、今テレビでもよく出演されていますが、アフガン戦争と内戦の渦中で
(本人曰く)運良く難を逃れながら、アフガニスタンとパキスタンの無医村地
区に診療所をつくり、17年間にわたって19万人を診療された方です。
彼の話口調は終始とても温かく、冗談を交えながらも、私がこれまで見たり
聞いたりしてきた報道では到底知り得なかった現地の人間の姿や生の声が、
とても生々しく伝わってくるような気がしました。
彼の話の中で、特に印象に残った言葉や、彼の現実の目でみたアフガン情
勢についてを、以下に思い出しながら書いてみますね。
「
私はそれほど大きな信念でもって、このような活動をし始めたのではない。
ただ一点だけ、『命を大切にする』…これだけの思いで動いてきた。あとは、
現地でのいろいろな縁(えにし)によって、これまで生きてきただけです。」
「
私は『三無主義』を貫いています。つまり『無思想』『無節操』『無駄』・・こ
の
三つです。(そのひとつひとつについてのコメントがまた面白かった!)」
「『「戦争を起こす』方がむしろ簡単なんだ。『平和を守る』事がいかに難しい
か…。何故かというと、本当の平和とは、まず「自分自身の中の敵対心・偏見
などととの戦いから始めなければならないからだ。」
「よく日本国内で『一国平和主義ではダメ』という意見を聞くが、自分の国が平
和でないのに、他国に出かけてまで『平和』を語れるのか!」
「
特定のメディアに振り回されないように!例えば『カブール解放の映像』はど
のメディアでも大きく報道され、どれもこれも自由になったイメージを強調してい
たが、嘘八百だ。カブールが解放されて、女性はブルカを脱ぎ、マーケットには
野菜が並べられ、男たちは嬉しそうにひげを剃っている…といったいう映像が
流れていたが、ニュース解説のやり方次第でガラリと実態は違ったものにされ
てしまっている。本当はこれからが一番大変だというのに。今や、現地の人々
への食料配給は大変困難となり、もはや無秩序と混乱の巷と化していると思
われる。」
「タリバン政権を、とかく諸悪の根源のように報道されているが、アフガニスタ
ンの人たちにとっては、問題もいっぱいあったけど、自分たちの国の平和を守
る上では、秩序のある清潔な印象のある政府でもあったのだ。テロ以降も現
地の人たちは、タリバン政権用の旗と北部同盟用の旗を、ちゃんと使い分け
て応援していたのが現実だ。ソ連のアフガン侵攻の際も、当時たった15000人
の兵力で、ソ連を追い返す訳がなかった。多くのアフガンの一般市民の強力が
あったからこそ成し得た結果だったのだ。情報操作というのは、本当に恐ろし
い。」
「
アフガニスタンの女性のかぶり物(ブルカ)のことを、日本では『女性差別』と
して廃止するように言う人が多いが、その国の文化を外部の人間が固定する
のはおかしい。現地の女性たちの受け止め方は実際はまちまちで、全般的に
はむしろ女性の方が保守的で戦闘的なところがあり、男性の方が妥協的だ。
ブルカだけで男女差別とは言えないし、外部の人間がとやかく言う問題ではな
い。自国の中から、ぼちぼち変える必要があれば変えていくはずだ。」
そして、今日の講演を総合して、私の得た一番大きな収穫は、「自分はこれか
らどう動き、どう生きたらいいのか」ということです。
先日から実母と一緒に連名で出す年賀状の文面を考えていて、「戦争の世紀
に逆戻りするような世の動きに無力感と脱力感を感じる。でもやはりこれから
も平和を願い戦争のおろかさを語り継いでいくことしかないなあ」といったような
気持ちを二人で語りあっていたのですが、今回の中村氏の講演を聞いて、や
はり「それでええんや!」と思いました。
それにもう少し付け加えるならば、この情報化社会の中で、巧みな情報操作や
フィクションの中に飲み込まれることなく、何が本当なのかという「自分の目」を
持つこと。
また、中村氏の話の中で一貫していた「命を大切にする」という一点で皆が一
致するよう自分自身も努力をしていくことです。
最近私は、あるメル友に、ダグラス・ラミス著「経済成長がなければ私たちは豊
かになれないのだろうか」を送ってもらって、読み終えたのですが、その時の
感動にも通じるいい講演でした。
ついでに言うなら、これはほんまにお薦めの図書です。今、常識といわれるよ
うな考え方や、現実主義といわれる考え方の非常識・非現実性を説き、疑問を
投げかけ、とにかく面白い!でもその面白さは、とてつもなく「喪失感」を伴う面
白さなんやけどね。
その本の内容にも通じる話で、中村氏はこんなことも話されていました。
「アフガンの人たちは、身の安全と衣食住がなんとか足りているだけで、あ
とはたとえはだか同然でも、とても純粋な笑顔で幸せそうにしている。全て
において満ち足りている日本の人たちの方が暗い顔に見える。それは、あまり
にも多くの物を持ち過ぎているための不幸なのだと。多くの物に囲まれ過ぎる
と、それを今度は守るためにどんどんしんどくなっていくのだ」と。